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ヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルク君のこと

ゴルトベルク変奏曲を演奏する者にとって、このゴルトベルクという人はどんな人なのか、わかっていること以上のことが知りたくて少し調べてみました。
以下、下線の部分が新たなに知ったこと。

1727年にダンツィヒ(現ポーランド領、グダニスク)に生まれたゴルトベルク君は、ドレスデンに出て、J・S・バッハの長男ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハに師事。

当時ドレスデンの宮廷に駐在していたロシア大使カイザーリンク伯爵(当時は男爵)は、ドレスデンのノイシュタット(おお!私も4年間この付近の学生寮にいた!)の自宅に音楽家を集めていた。ここに出入りしていたのが、ゴルトベルク君だったわけです。
そしてカイザーリンクの長男とゴルトベルク君は、1740年代にライプツィヒのJ・S・バッハの元で学んでいる。チェンバロの名手としてゴルトベルク君の名声は広まり、何でも(楽譜が逆さまでも)初見で演奏ることが出来るともっぱらの評判だったらしい。

バッハの弟子、フォルケルの逸話の中には、カイザーリンクが夜眠れないことが多く、そういうときには隣室でゴルトベルクが楽器を演奏したのだった。そしてゴルトベルクに演奏させるための曲をバッハに頼んだ。眠れる夜に少しでも元気づけてくれる穏やかで幾分か生き生きとした音楽を書いてほしいと。
このような理由で作曲されたのがアリアと30の変奏曲であり、ゴルトベルクが演奏したことから「ゴルトベルク変奏曲」を呼ばれるようになったのですが、この話は真偽のほどがわかっていません。
なぜなら、当時ゴルトベルクは14歳だったから、この大作をいくらなんでも14歳の少年に演奏できるわけがない。というもの。

私もそう思い、プログラムなどにもそのように書いていたのですが、今年考えを改めました。
8月にすみだトリフォニーで聴いたピーター・ゼルキンさんはゴルトベルク変奏曲を13歳の時に初めて弾いていたというのです。

ならば、このフォルケルの話、本当かもしれないですね。
ゴルトベルクが居なかったら、未だにアリアと30の変奏曲と呼ばれていたかも。



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